タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

遊びの半ひねり

夜中にポタンポタンと水滴が落ちる音が気になりだして、台所の水道パッキンを取り換えた。

蛇口は相当な年代物で、コックやパッキンを年に一度は交換している。もう交換はお手のもの。ちょうどいいひねり加減。

交換する時に気を付けたいのは、ハンドル内のビスやカバーナットを、締めすぎない事。力を入れずに開閉するには、適当な緩さも必要だ。


f:id:kisaragikyo:20210413131342j:image

動かなくなるまでギュッと締めなくても、四分の一回転位手前で水が出ない状態がベストだと思う。この、ほんの少しの余裕を「遊び」と呼んでいる。

名付けて「遊びの半ひねり」。

これが出来たら「フフフ。プロ級だね」と秘かにほくそ笑む私である。


f:id:kisaragikyo:20210413164926j:image

パッキン交換しながら、この「遊びの半ひねり」、人にも通じているような気がする。

遊びの無い人と付き合うのは難しい。冗談をまともに受けて、すぐにキレたりされると、「もうダメ。この人とは付き合えない」と感じる。そして距離を置いてしまう。

ふわりと受け止めて、変化球を返して貰えると嬉しい。話が広がって、もっとお喋りをしたい気分になる。

 

昔、小学生の息子に「お母さん、会話はキャッチボールだよ。何か言われて『そうですね』で終わったらダメなんだよ。もっと会話の練習をしなさい」と言われた事がある。

岡崎公園の美術館に行った帰りに寄った、うどん屋さんでのエピソード。

「相席いいですか?」と言われて快く応じたけれど、その方に話しかけられたのに共通点が見つからず、会話が弾まなかった。「いいお天気ですね」「そうですね」でぷつりと会話が途切れる。

ちょっと気まずい空気が流れて、黙々と食べる事に集中した。知らない人と気軽に話せる鷹揚さが、その頃の私には欠けていた。

うどんに、かやくご飯と香の物がついた定食はとてもおいしかったけれど、自分の余裕の無さがチクリと刺さった。

店を出たら、疎水べりを歩きながらさっきの言葉を息子に言われた。なるほどと感心した。彼はクールに人見知りな母の様子を観察していたらしい。

それからはなるべく会話が続くように相手の話を真剣に聞いて、こちらも少しばかり変化球を投げて返す。そうしているうちに、苦痛だった知らない人とのお喋りを楽しいと感じるようになった。

こんな感じの逆転親子関係は、今でも変わらない。息子には教わることばかりなのである。

 

最近間仕切りのローススクリーンを買い替えた。以前のものはボロボロでとても汚れていた。部屋がスッキリして、明るくなった。それだけではなく、気持ちも明るくなった。


f:id:kisaragikyo:20210413164538j:image

ネットショップの対応も、丁寧で安心出来た。

これも「もうそろそろ取り換えた方がいいよ」という息子の一言のお陰なのだった。