タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

縁の下が、猫の集会所になっていた話

私が生まれ育った家は、元々は呉服屋を営んでいた父方の祖母が倉庫代わりに使っていた民家だった。父が結婚した折に改築して、やがて私と妹が生まれ、15年間一家はそこに住んでいた。

二階建てで、屋根の上に昭和の家にありがちな木製の物干場があり、そこで飼い猫のチビはよく日向ぼっこをしていた。

灰色の綺麗な猫だったが、オツムの方はイマイチで、とても要領が悪かった。(写真の猫は違います)

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例えば、寒い時季に近所の家のかまどに入り込んで眠ってしまい、朝になって家の人にみつかり、灰だらけになって帰って来た事がある。知らずに火をくべられていたら、大火傷だ。また、ひどい時には汲み取り式のトイレに落ちて、あやうく命を落とすところだった。この時はゴム手袋をしてみんなで押さえ付けて洗ってやったが、死に物狂いで暴れて大変だった。(びろうな話ですみません)

木登りをしたのはいいが、降り方が分からず救いを求めて大声で鳴いて救出されたり、蜂と戯れて肉球を腫らしたりと、数え上げればきりがない。

まあ、猫ってそんなもんだろうと思って可愛がっていたけれど、次に飼った猫が芸達者な賢い猫だったので、猫にも色々なタイプがある事を知った。

 

今は珍しいけれど、台所はコンクリートの三和土になっていた。居室から台所へ下りる為の三段の階段があり、居室と台所の50㎝程の高低差が縁の下だった。

縁の下を板で塞いだりはしていなかったので、台所からは猫なら自由に縁の下に出入り出来る状態だった。

家の外からも猫は隙間から縁の下に出入り可能なので、いつしか我が家の縁の下は猫の集会所になり、夜になると近隣の猫達が集まるようになった。

ボスは野良猫マイク。ふてぶてしい面構えの体格のいいオス猫で、遠くに居てもマイクを通したような大きな声で鳴くので、私達はそう呼んでいた。

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時には、母猫が仔猫を連れて台所に入り込み、夕飯に焼いた鰯を咥えている事があった。捕まえようとする手をスルリとすり抜けて、再び縁の下にもぐり込んだ。久し振りのご馳走に、子供達とニャゴニャゴ言いながら食べている声が聞こえた。

猫舌の彼らが焼きたての鰯を盗んだのは、余程お腹が空いていたのだろうと、母は却って同情した。

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そんな中で、一番弱いのが我が家のチビ。

血が騒ぐのか、行かなくてもいいのに集会に顔を出しては、しょっちゅう猫パンチをお見舞いされ、負傷して帰って来た。ボスにすり寄って媚を売る事も出来ない、要するにお坊っちゃま育ちの世間知らずなのだ。

家族はその喧嘩騒ぎを真上の部屋で聞きながら、助けにも行けず「今、チビがマイクに噛まれたよね」などと顔を見合わせ、もどかしい思いをしていた。

 

その家は、私達が郊外に引っ越して暫くすると取り壊された。道幅を拡げて町全体が新しくなり、美しく整備されて、以前の片鱗もない。

私達家族しか知らない、床下の猫達の繰り広げたそんなドラマを思い出すと、私は愉快な気持ちと同時に、何故か少し切なくなるのだ。