タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

美しき叔母と、そうでない母と…

昨日は私の誕生日だったので、夫が《ガトーモンブラン》のケーキを買って来てくれた。


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一度では食べきれないので、まず苺ショートから。フォークよりもスプーンですくった方がいい程の柔らかさ。

ここのケーキは優しい味がして、口の中でスッと溶けていく。


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ご夫婦で営む昔ながらのケーキ屋さんで、このお店を愛する常連さんは多い。

ケーキを味わいながら、同じ2月生まれの叔母を思い出した。

 

その人の話をする時には必ず「綺麗な人だったよね〜」と、誰かが溜め息混じりに言う。

そして別の誰かは「そうそう。それに優しい人だった」と頷く。

80歳で亡くなった母の妹は、色白で歌うような美しい声の、エキゾチックな美人だった。

これは家族写真から切り取った、お嫁入り前の叔母の写真。古い写真なので、少し傷があるのは残念だが、それでも十分美しい。やや憂いがちの表情で、その陰影が彼女を一層美しく見せているように思う。

この写真には、両親と5人の子供が写っている。後ろのセーラー服の少女は、今私が仲良くしている下の叔母で、この写真の持ち主。


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この美しい叔母と母は「どちらでもいいから貰って下さい」とでも言うように、一枚のお見合い写真に収まっていた。

母は、ずっとその事に不満を抱き「綺麗な妹と私を並べて写したら、そりゃあ妹の方がいいに決まってるじゃないの!」

怒りを隠せない様子で、そう言っていた。

あけすけに「妹さんの方を…」と言うのは失礼極まりないが、お見合い相手の気持ちは分からなくもない。

誰でも、美人でもなく見るからに気の強そうな姉より、たおやかで美しい妹とお見合いをしたい。

それなら、自分一人の写真を撮り直せばいいのに、叔母の結婚後も、その売れ残り感の漂う写真を使っていたのは何故?と疑問に思う。

そのお見合い写真は10年前までは実家にあったのに、最近探したけれど見つからなかった。母が捨ててしまったのかも知れない。認知症を発症してから、無くなった物が沢山ある。

 

美人にはそれなりに悩みがあるらしい。

ストーカーにつけ回されて、怖い思いをしたり、同性からは嫉妬されて、苛められた。

早々に良縁に恵まれて一男一女を儲けたが、自分より早く嫁いだ妹に、母は不満を募らせていた。

それ以外にも、美しいが故の悲しみがあった。

貧乏人の子沢山の家庭に育ち、それを見かねた父方の祖母が、きょうだいの中で一番可愛い叔母を連れ帰り、小学校に上がるまで育てた。

その場に居た母は「まるで拐うように連れて行かれた」と記憶している。

連れ戻したくても、あまりに祖母の愛情が強くて、叶わなかったらしい。

その家には祖父母だけでなく、その息子一家が同居していて、叔母はその中で、肩身の狭い思いをしながら数年間暮らした。たとえ周囲にどんなに優しくされたとしても、家族と離れて暮らす寂しさは消えなかっただろう。

 

そして、やっと元の家族と暮らせるようになってからも、同級生に田舎訛りを笑われて、辛い思いをしたという。

この叔母は、あの正義の味方、男前な《なっちゃん》の母親である。

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余談になるが、これを書きながら気付いた事がある。なっちゃんが幼い頃から完璧な標準語で話していたのは、母親が訛りで苦労した事を聞いて育ったからかも知れない。

 

そんな叔母だから、自分の美貌を決してひけらかす事はなく、むしろ邪魔だと思っているようだった。

自己主張をせず、いつも誰かの後ろに控えめに立っていた。まるで自分を隠すかのように。花に例えれば谷間の白百合。

 

この叔母の事を考えると、私は美人じゃなくてよかった!と思うのだ。いや、少しは似たかったか…。