タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

アタフタ介護記 その1

お久しぶりです。きさらぎです。
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認知症が進行した母の介護で実家に帰ってから、3ヶ月近くが経とうとしています。
母は一人で生活できるレベルではなく、とても放って置けません。
こちらに居る間、大勢の人と話をし、母の行く末について考えました。
母の言動にただ呆然とし、私一人ではどうしていいのか全くわかりませんでした。

私と妹はそれぞれ離れた土地で暮らしていて、ずっと面倒を見ていく事は出来ません。
一体どうすればいいのか、思い悩む日々が続きました。

そんな私に助け船を出してくれたのは、同じ市内に住む叔父と叔母でした。
二人は母の弟妹で、それぞれ介護経験があります。高齢ですが二人とも健康。
私は遠慮なく頼る事にしました。

叔父は事あるごとに家に来て、母に「子供の生活を犠牲にしてはいけない。早く施設に入りなさい」と説得してくれましたが、元々頑固でプライドが高い母は、脳の検査を受けることすら承知しない。
「この人が首を縦に振るのを待っていたら何も始まらない。あなたがどんどん決めて実行しなさい」
という叔父の助言に背中を押され、専門の病院に予約を入れ、母を連れていきました。

詳細な検査の結果、母はアルツハイマー認知症である事が判明。進行を遅らせる薬の効果も期待できない程脳の萎縮が進んでいる、という診断でした。

母を別室に置いて結果を聞く事も可能でしたが、私ははっきりと自分の状態を母が知ることが大事だと判断したのて、敢えてそうしませんでした。

医師によれば、一人で置けば身体の危険だけではなく、詐欺の被害に遭って財産を失う可能性もある為、強引にでも施設への入所を考慮した方がいい、という事でした。

CTスキャンの画像はあきらかに脳の萎縮を表し、質問によるテストの結果は驚くほど悪く、普通の状態ではありません。

「知っている野菜は?」という質問には、二つしか答えられず、後で母が言っていたのは、時計を描いて数字を入れるというテストでは、12と6しか入れられず、他は目盛りの幅が広いところと狭いところが出来て全く書き込めなかったそうです。

自分は認知症なんかではない、と言い張っていた母は、検査と医師の言葉で漸くその事実を受け止めてくれました。

病気が思った以上に進行していたのはショックでしたが、母が自分の状態を認識した事で、やっとスタート地点に立てた気がして、ホッとしました。

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まだ介護に足を踏み入れたばかりの私が介護について書くのはおこがましいのですが、母に振り回されてアタフタしながらなんとか踏ん張っている記録を残しておきたい、と思います。
暫くはこのような記事が続きますので、お付き合い頂ければ嬉しいです。