タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

鳥取レポート・その3

「どなたさんですか?」
一人でバスを待っていると、よく訊かれます。
郊外のバス停ではみんなが顔見知り。知らない人間が立っているのは珍しいのです。
「そこの○○の娘です。母がお世話になっています」
「ああ、あの○○さんの…。お母さんに貰ったお人形、可愛いのでずっと玄関に飾っていますよ」
こんな風におっしゃる方に何度も出会いました。
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バス停近く、水仙が咲いていました。
そう言えば、私がお産で入院していた時、母が庭に咲くラッパ水仙を持ってきてくれたなぁ。
枕元に優しい香りが漂って、とても満たされた気持ちになったものです。
遠い昔の話ですけれど…。

母と外出すると、必ずと言って良いほど母の知人に出会います。
それだけ母が人との付き合いを大切にしてきた、という事なのでしょう。
母の目は輝き、嬉しげに長話。

以前の私は、厳しすぎる母に対して反感しか抱いていませんでした。出来れば近寄りたくない人でした。
でも、母が体調を崩し、私が母の元へしばしば帰らざるを得なくなった近年、段々母へのイメージが変化しつあります。
『我儘で自分勝手な人』から、『変わった人』へ、そして今は『面白い人』、という様に。
相手の気持ちを考えずに思った事をズバッと口に出す母に、子供の私は深く傷ついてばかりでした。しかし今、私は少し強くなって反論や説得をする事ができます。
母は相変わらずの母だけど、自分が変化する事で、母への評価が随分変わるものだなぁと思います。

今回ミニチュアミシンをプレゼントすると、「可愛いね〜。こんなのが作れるなんて、すごいね〜」
ためつすがめつ眺めては、子供のように喜んでくれました。
母はお世辞など言わないだけに、この言葉は掛け値無し。心から喜んでいるのが分かります。(ミシン再登場)
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「埃を被らないように、今度はケースを持ってきて」
は〜い。

もしも母が丈夫なままだったら、私は母に寄り添うことは無く、母の良い面に気づくことも無かったでしょう。

お陰様で、母は歯を治してから食べ物が美味しく食べられ、栄養が身に付いたのか、足取りもしっかりしてきました。
ショボショボ喋っていたのが、はっきりと発音出来るようになって自信がついたらしく、以前より明るく前向きになりました。

でもこれで終わりにせず、私はこれからも鳥取の実家通いを続けていこうと思います。
それは、母に遊んで貰えなかった、過去へのリベンジ。
母と私だけの楽しい思い出を沢山作っていくつもりです。

いつもの散歩道。春はまだ遠慮がちです。
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鳥たちは入り江に集い…。
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雪の深さを教えるように、低木がお辞儀していました。
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