タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

林檎と正義

赤い林檎を見ると、ふと中学のクラスメイトAさんのことを思い出す時があります。

彼女は、聡明でしっかり者、その上スポーツも得意。美人だけど冗談好きの気さくな性格で、クラスの人気者でした。

 

県主催のあるキャンペーンで募集している標語ポスターを、生徒全員が描いた時の事。

先生が、「こんなのはどうだろう」と自分の考えた標語を幾つか挙げ、クラス委員だったAさんは、先生に命じられるまま、それを黒板に書いていきました。大人の考えたものですから、当然、上手く出来ています。

提出期限は一週間ほど先。クラス全員が描いたポスターの中から、先生が良さそうなものを何点か選び、応募するとの事でした。   

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さて、いよいよ提出日。全員のポスターが教卓に集められ、一枚一枚を先生が批評しながら、その場で〈応募用〉と〈その他〉に仕分けしていきました。

自分の番が来ると、選ばれるかな、ダメかな、と緊張しながらみんな先生を見守っています。

ところが、B君のポスターを見て、みんな「えっ?」と声を上げました。

インパクトのある絵にはめ込まれていたのは、この前先生が例として挙げていた、自作の標語の一つだったのです。

先生は、「おっ、なかなかいいな」と、自分の標語が描かれている事を喜んでいる様子。嬉しそうにその絵を『応募用』に入れました。

「なんだー。真似していいのなら、無理して自分で考える必要無かったよなぁ」と不満を漏らす子がいます。B君の方を見て、「オマエ、うまいことやったな」と言っている子も。

B君は、照れ笑いしながら頭を掻きました。

結局応募用には5点ほどが選ばれ、その場にはホッとした空気が流れた、その時です。

先生の側で選別に立ち会っていたAさんが、言葉を発しました。

「ちょっと待って下さい。先生、その選び方は間違っています」

彼女が何を言っているのか、私には理解できませんでした。

間違っているって、何が?

彼女は、更にはっきりと言いました。

「B君は、先生の考えた標語をそのまま使って描いただけです。自分で考えた訳ではありません。そのような物を応募用に入れてはいけないのではないでしょうか。一生懸命自分で考えた人達に対して、失礼です」

彼女の意見は正論です。その場に居た生徒はみんなそう思ったに違いありません。でも、誰も彼女の意見に賛成する者は居ませんでした。

現在では考えられませんが、その当時は、先生の存在は絶対的だったのです。

特にその時は高校受験前という微妙な時期です。

確か、入学試験の点数が7割、内申書が3割の割合で重視され、合否が決まると言われていました。先生に逆らって内申書に悪い点数を付けられたりしたら、たまったものではありません。

しかし、彼女は敢然と言い放ちました。

「先生は間違っています!」

先生は思いがけない彼女の言葉に、冷静さを失っている様子です。

「いい作品を選ぶ、その何が悪いんだ。標語を提供した私がいいと言っているんだから構わないじゃないか!間違っているのはAの方だ!」

怒声が教室に響き、みんなが凍りつきました。

でもどんなに大声で怒鳴られようが、Aさんは譲りません。

「先生の考え方は間違っています!」

その時です。「パシッ」という音が聞こえ、Aさんが片頬を抑えました。ゆっくり手を離すと、先生に叩かれた彼女の頬は林檎のように真っ赤になっていました。

私は一瞬何が起きたのか分からず、混乱していました。対峙していたAさんと先生の間にそれ以上の遣り取りがあったのか無かったのか、全く記憶に無いのですが、Aさんが悔しげな表情で立ち尽くしていたのは憶えています。しかし、結局先生は自分の意見を通してしまいました。

その時は、何とか収まってよかった、という気持ちしかありませんでした。

 

翌日、さすがに悪いと思ったのか、先生はAさんに「昨日は叩いて済まなかった」と謝りました。「でもAも頑なすぎたんじゃないか。譲ることだって大切なんだぞ」と付け加えながら…。

しかし、彼女は再び「私は正しい事を言っただけです。だから、譲ることなんて出来ません」と、はっきりと言いました。

処置なしと思ったのか、先生はAさんを少し睨み、それ以上は何も言いませんでした。

私ならどうだろう、臆病者だからまず先生には逆らえない。でも万一そのような状況になったら、翌日から学校に行けなかったかもしれない、と思います。

彼女はたった一人で戦い、自分の姿勢を崩さなかった。保身のために彼女を庇わなかった私は、なんという生ずるい人間でしょう。

中学卒業後彼女には会っていませんが、ずっと正しい道を歩き、きっと明るい家庭を築いているのではないか、と想像しています。

あの時の彼女に、恥ずかしい事に、私はいまだに追い着く事が出来ません。

 

実は、この話には後日談があります。絵を提出した少し後、B君の作品が、なんと、金賞に選ばれ、絵を持った彼の写真は、地方紙に大きく掲載されました。

でも、彼の顔は、ちっとも嬉しそうではありませんでした。