タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

雪の美しさを知った日 (京都に来て驚いたこと その4)

教室の外では、ちらちらと雪が降り始めています。

授業が終わった途端、「雪が降ってるぅー」という言葉を合図に、その場に居た学生達は窓辺に駆け寄りました。それぞれ、「綺麗やねー」と、溜息混じりに降る雪を見つめています。資料を片付けていた教授も手を止めてゆっくりと歩み寄り、「ほほー、雪だね」と感慨深げに空を見上げました。

「えっ?雪のどこそんなにが珍しいの?」

豪雪地帯に生まれ育った私にとって、雪は白い悪魔

冬になると、毎日の雪かきと屋根の雪下ろしは欠かせないし、渋滞で待てども待てどもバスはやって来ない。ズボズボと雪に埋まりながら行く道のりは歩きにくく、時にはスッテンと尻もちをついて痛い思いをしたことも、一度や二度ではありません。

暗い空から降りしきる雪を、恨めしい気持ちで睨みつけたものです。

そんな私でしたから、「雪が綺麗」という感覚が理解できませんでした。雪国育ちの人がみんなそうだというわけではありませんが、私には、雪の美しさを認識できる感性は皆無だったのです。

 

そんなある日、友人に誘われるまま清水寺へ行きました。清水寺は小学校の修学旅行以来です。

その日は成人の日。振り袖姿の女の子達も大勢居て、彼女たちの周りには晴れやかな雰囲気が漂っていました。

私と友人もその日は成人式だったのですが、故郷は遠くて欠席。二人ともGパンとセーターにダブっとしたコートという、飾りっけのない格好です。華やいだ世界から遠ざかっているような一抹の寂しさと気後れを感じながら、三年坂で振り袖の彼女たちを追い越しました。お互いに敢えて触れませんでしたが、横を歩く友達も同じ気持ちだったように思います。

やがて雪が降り出し、私達は急ぎ足で目的地へ向かいました。 

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白い息を吐きながら清水の舞台の上に立った時、辺りは雪化粧。時折雲間から顔を覗かせる冬の陽に、雪を頂いた木々がキラキラと輝いていました。

「綺麗だねー」「うん、綺麗だねー」

二人は暫く黙ったまま、ただその風景を見つめていました。

それはまさに、私が雪の美しさに開眼した瞬間でした。

 

毎年初雪が降ると、雪の金閣寺の写真が新聞の一面に掲載されます。モノトーンの風景の中に浮かび上がる金閣の凛とした佇まいに、心が清められます。

美しい金閣が、雪によって一層その荘厳さを増しているような、そんな気がするのです。     

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すぐに消えてしまう雪だからこそ、瞬間の美が存在するのかもしれません。

雪は、冬の京都を美しく演出する大きな要素なのですね。