タテハ通信

好きな物があればあるほど人生は楽しい。そんな私の日常を綴っています。

サリンジャーに恋した時代

サリンジャーばかり読んでいた時代がありました。それは一年にも満たない短い期間。何故そんなに短期間かと言えば、彼はある日突然筆を折り、姿を消してしまったから。その後の私は、いつかは彼の小説が出るであろう事を期待しながら、まるで理由も分からぬまま恋人に去られたかのような焦燥を感じていたのでした。

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

最初に読んだのはこの短編集です。グラース家の人々は、みんなそれぞれに孤独で、少し心を病んでいるようです。それは謎の自殺を遂げる長兄の存在が大きいのですが、ある日突然訪れた不幸を受けとめかねる家族は、一見淡々と暮らしているように見えながら、言葉に出来ない苦しみを抱えています。

私の(当時の)アンテナはそれを敏感に捉え、自分との共通点を認めて受け入れていました。そして、どんどんのめりこんで行ったのです。いや、彼の作品の求心力に獲りこまれたと言った方がいいのかも知れません。サリンジャーファンのキーワードは「バナナフィッシュ」なのです。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

この作品は村上春樹氏の翻訳が出て再びメジャーになりました(私は読んでいません)。主人公はいつもある不安に苛まれています。ある時は自分がこの世で一番崇高で立派で才能に満ち溢れているのに、それを周りの人間たちは全く理解しようとしない、と感じたり、またある時には自分は何も秀でる所が無い、とてもみじめでどうしようもない紙くずみたいな存在だと感じたりする思春期特有の感情のように思われます。その自信過剰と自信喪失の間を大きく揺れる振り子の下で、彼は戸惑い立ちつくしているようです。

最後の場面はとても印象的で、鮮やかに心に残ります。

ライ麦畑でキャッチボールをしている少年たちを眺めながら、崖から落ちた少年を救って感謝される時を夢想します。

しかし本当に救われたいのは彼自身で、誰かが逞しい腕で、転げ落ちた彼を崖の上へ救い上げてくれる事を望んでいます。その「誰か」は永遠に現れないのだとしても。

だらだらと書いてしまいましたが、サリンジャーを一度読めば彼のとりこになるでしょう。

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

しかし、サリンジャー自身は家族にとって迷惑なと言ってもよい存在だったようです。生活の糧である小説を書かなくなり、突然隠遁生活を送ってしまうのですから。

我が父サリンジャー

我が父サリンジャー

彼の不可解な行動は、この本を読めば一目瞭然。彼が隠したかった闇の部分が白日のもとにさらけ出されています。憎悪の感情で一気に書かれた本のようにも思われますが、こうならざるを得なかった父への憐れみと畏敬の念も感じられます。